- 中国卓球の強さが「言葉(用語)の細かさ」に表れている理由
- 借力・吃球・球商など、日本語に一語で訳せない用語の意味
- 打点5分類・フットワーク10種以上・レシーブ16種——細分化が強さを生む仕組み
先日『翻訳できない世界のことば』という本を読みました。ある国の言葉にしか存在せず、他の言語には一語で訳せない単語を集めた本です。
読みながら、私はふと卓球のことを考えていました。中国の卓球にも、日本語に一語で訳せない用語がいくつもあるのです。
そして、その「訳せなさ」こそが中国卓球の強さのヒントなんじゃないか——そう思ったのが、この記事を書いたきっかけでした。
スポーツ雑誌『Number』のインタビューで、福原愛さんはこう語っています。「中国語で育てられた選手は技が多くなる。日本語だと、大雑把な感じになっちゃいます」。中国語には、力の入れ具合やコースのニュアンスを一語で表す言葉がたくさんある。日本語にすると長い説明が要るそれらを、ひと言で言える——というのです。
ちきりー用語が多いと、そんなに強さに関係するんですか?



いい質問だね。じつは「名前をつける」ことそのものが、強さに直結してるんだ。まずはそこから話すよ。
名前があるから、練習できる
最初に、この記事でいちばん伝えたいことを書きます。
技術や概念に名前をつけるからこそ、人はそれを「技」として認識でき、練習しようと思える——これが中国卓球の言葉の正体だと、私は考えています。
たとえば「快带(クァイダイ)」という技術。相手のドライブを台の近くで、擦りながら被せて低く返す技術です。ブロックでもカウンタードライブでもない、その中間。最近は日本でも使う人が増えてきました。
ここが重要です。中国にはこの「ブロックとカウンターの間の技術」に、ちゃんと快带という名前がある。名前があるから「独立したひとつの技術だ」と認識でき、練習メニューが生まれる。逆に名前がなければ、その技術は「なんとなくやっているもの」のまま消えてしまうのです。
この流れを図にすると、こうなります。



名前がないと、練習の対象にすらならないんですね。



そういうこと。ここから先は、その「名前」の実例をジャンル別に見ていくよ。
力は「借りる」もの、「乗せる」もの
中国卓球は「力」をめぐる言葉がとても豊かです。まずは一覧で見てください。
| 用語 | 読み | 意味 |
|---|---|---|
| 借力 | ジエリー | 相手の球の勢いを利用して返す |
| 发力 | ファーリー | 脚→腰→腕を連動させ自分から力を出す |
| 卸力 | シエリー | 威力を殺して短く落とす |
| 还原 | フアンユエン | 1球打った瞬間に基本姿勢へ戻る |
| 借力发力 | ジエリーファーリー | 相手の勢い+自分の力を合わせて打つ |
とくに驚いたのが借力です。「相手の力を自分の力に変換する」という概念に、日本語には一語がありません。「合わせる」「カウンター」と言いがちですが、どちらとも少し違うのです。
借力という単語があるということは、中国卓球が「相手の力をどう借りるか」を勝敗を分けるテーマとして重視している証拠。守備が上手い選手は、例外なく借力が上手い。言葉があるから、その能力を名指しで評価し、伸ばせるわけです。
もうひとつ注目は还原。「次の球のための初期化」とも言える概念で、中国卓球には“1発で終わる球”という発想がありません。すべての球が、連続攻撃の一部なのです。



「会发力(発力ができる)」が最大級の褒め言葉、って聞いたことあります。



そう。単に強く振るんじゃなく、地面を蹴った力を体で繋いで放つ——その全部が一語に入ってるんだ。
打球を「当てる」と「擦る」に分解する
中国卓球の打球理論の根っこにあるのが、この2語です。
| 用語 | 読み | 意味 |
|---|---|---|
| 撞击 | ヂュアンジー | ボールに当てて押す成分 |
| 摩擦 | モーツァー | 擦って回転をかける成分 |
中国では、あらゆる打球を「当てて押す(撞击)」と「擦って回す(摩擦)」の配合で説明します。すべての打球を2成分に分解して語る共通言語があるのです。
この差は大きい。初心者にも「君の球は摩擦が足りないから入らない」と原因を分解して指導できます。曖昧な「もっとグッと」ではなく、言葉で原因を切り分けられる。これが指導の再現性、ひいては選手層の厚さにつながっています。



「グッと打って」しか言えないコーチ、いますよね…。



ボクも昔そうだったよ。言葉が増えると、教えられることも増えるんだ。
容赦のなさを、言葉にする
中国卓球の技術スタイルを表すのが快・准・狠・变・转(クァイ・ヂュン・ヘン・ビエン・ヂュアン)という五字方針。速さ・正確さ・狠・変化・回転の5字で、1960年代に「快・准・狠・变」が掲げられ、70年代に革命的な要素として「转(回転)」が加わりました。問題は、この中の「狠」。
| 用語 | 読み | 意味 |
|---|---|---|
| 狠 | ヘン | 容赦なく仕留めにいく攻撃性・気迫 |
| 暴冲 | バオチョン | 全力で突き刺す最強ドライブ |
| 霸气 | バーチー | 強者のオーラ・支配的な気迫 |
狠はもともと「残忍・容赦ない」という意味の漢字です。日本語の「厳しい球」「強打」では、この“相手を情け容赦なく仕留める”という気迫・人格的なニュアンスが落ちてしまう。狠は技術であると同時に、勝負へ向かう姿勢そのものを表す言葉なのです。
中国の解説は、トップ選手の強さを「霸气がある」と人格・心理の言葉でも語ります。メンタルの優位までも言語化しているのが面白いところです。



「狠」って、もう球の話じゃなくて性格の話みたいですね。



中国は技術と気迫を地続きで捉えてる。だから「もっと狠く!」の一言で気持ちまで切り替わるんだ。
球を「食べる」と言う身体感覚
中国卓球には、打球を擬人化したような言葉があります。「吃=食べる」という字が入った用語です。
| 用語 | 読み | 意味 |
|---|---|---|
| 吃球 | チーチウ | ラバーがボールをしっかり掴む感覚 |
| 吃转 | チーヂュアン | 相手の回転に押されて(食われて)ミスする |
| 底劲 | ディージン | 球の奥に潜む伸び・押し込む力 |
「球を掴む」と言われれば日本人でも分かります。でも、それが独立した一語として存在すると、ちょっと驚く。私もそうでした。
名前があるから「今日は吃球が悪い」と、不調の原因を言葉で特定できる。なんとなく感じている身体感覚にまで、中国はちゃんと名前をつけにいくのです。
ちなみに、この“吃球(球を掴む感覚)”を一番ダイレクトに味わえるのが、中国トップ選手が使う粘着ラバーです。世界の頂点が使う国家用モデル「キョウヒョウ3 国狂ブルー」は、粘着でボールをぐっと掴む独特の打球感。一度使うと“食べる”の意味が、理屈ではなく手でわかります。
※国狂ブルーは重くて上級者向けのラバーです。自分のレベルや戦型に合う一枚から選びたい人は、卓球ラバー診断で相棒を見つけてみてください。



「球を食べる」なんて、言われないと一生気づかない感覚かも。



そう、言葉にして初めて“意識できる”感覚なんだ。意識できれば、コントロールしようと思える。
「卓球IQ」という言葉がある凄み
個人的に、いちばん驚いたのが球商(チウシャン)という言葉です。
| 用語 | 読み | 意味 |
|---|---|---|
| 球商 | チウシャン | 卓球のIQ。プレー中の判断力・戦術眼 |
| 盯 | ディン | 球から目を切らず、打球の瞬間まで凝視し続ける集中 |
中国語でIQ(知能指数)は「智商(ヂーシャン)」。その語法をもじって、プレー中の判断力を球商と呼びます。
「あの選手は卓球が賢い」とは日本でも何となく言います。でも中国は、その“賢さ”を勝敗を分ける独立した能力として認識し、わざわざ言葉にしている。技術より上位にある「賢く戦う力」を、指標のように名前で持っているのです。
その球商を支える土台が「盯」。判断ミスの多くは「盯が足りない」せいだ、と中国では言われます。賢さも、その土台の集中も、ちゃんと言葉になっているのです。



「卓球IQ」を言葉にしてるって、たしかに本気度が違う…!



賢さを“才能”で片付けず、“伸ばす対象”にできる。これが大きいんだ。
打点は「5つ」ある——日本が2つで済ます世界
ここからは「日本語が一語で雑に括っているものを、中国語は細かく割っている」という話です。その筆頭が打点。
日本語の打点は「ライジング」「頂点」「高い/低い」くらい。空間的に2〜3分類するだけです。ところが中国は、バウンドした球を時間軸で最大5つの局面に割っています。
| 打球点 | 意味 | 主に使う技術 |
|---|---|---|
| 上升前期 | バウンド直後のごく初期 | 摆短・台上の処理 |
| 上升后期 | 最高点の直前 | 快撕・挑打(速い攻撃) |
| 高点期 | 最高点付近 | 前冲ドライブ・スマッシュ |
| 下降前期 | 下降の初め | 前冲ドライブ(速い弧圈) |
| 下降后期 | 落ちぎわ | 回転重視のドライブ・つなぎ |
言葉が5つに割れていると、打点ごとに意識した練習ができます。「上升后期で快撕」「下降前期で回転」と、打点と技術をセットで指定して反復できる。言葉の解像度が、そのまま技術の解像度になるのです。



同じ「打点」でも、2つと5つじゃ練習の細かさが全然違いますね。



これがこの記事のいちばん大事なところ。早い打点で相手の時間を奪うのが中国流なんだ。
ちなみに、この「早い打点で相手の時間を奪う」中国式の攻めを支えているのが用具です。女子世界トップ・孫穎莎選手の使用モデル「キョウヒョウ颯」は、まさにその攻撃スタイルを体現したラケット。中国トップと同じ感覚で攻めてみたい人はチェックしてみてください。
足もレシーブも、技に名前をつけて数える
細かく割っているのは打点だけではありません。フットワーク(步法)も同じです。
日本語は「フットワーク」、せいぜい「回り込み」「飛びつき」くらい。ところが中国は、单步・并步・跨步・跳步・交叉步・小碎步・垫步・侧身步・扑步・还原步……と標準で10種類以上に名前をつけています。「三分手法・七分步法(技術が3割、足が7割)」という諺すらあるほどです。
レシーブはさらに極端です。中国には「接发球十六字」、つまりレシーブを16種類に分けて命名した体系があります。
| 接发球十六字(レシーブ16分類) | |
|---|---|
| 搓・托・推・吸 | 抑える・止める系 |
| 摆・拱・切・撇 | 短く出す・angleを変える系 |
| 挑・吊・带・撕 | 攻める・運ぶ系 |
| 敲・拉・冲・打 | 強く叩く・仕留める系 |
この16字それぞれが、別々のレシーブ技術を指します。日本がツッツキ・フリック・チキータといった少数の言葉(多くは借用語)で済ますのとは、解像度がまるで違います。
分類が細かいほど、一手ごとに名指しで練習でき、コーチも一語で指示できる。「次は摆ではなく劈で」と言えば、それだけで意図が完全に伝わる。これが誤差のない反復と、層の厚さを生んでいます。



レシーブが16種類…名前を覚えるだけで大変そう。



でもその16個があるから、自分のレシーブの引き出しを“数えられる”。足りない技を自覚できるんだ。
力加減も球質も、中国は細かく分けて語る
細分化は、感覚の世界にも及びます。まず力加減。日本語は「軽く」「強く」くらいですが、中国は「几成力(何割の力か)」と数値で表現します。
借力と发力を組み合わせる「借力发力」も、『来た球の勢いを7割、自分の力を3割』のように配分で語ります。感覚を、数字に置き換えて語るのが中国流なのです。
球質も同じ。日本語は「いい球」「重い球」とまとめますが、中国は中身で分けます。
| 球質 | 意味 |
|---|---|
| 沉 | 沈んで伸びる |
| 重 | エネルギーが大きい |
| 转 | 回転が多い |
| 贼 | 軌道が読めない |
| 顶 | 体に食い込んで詰まらせる |
回転も「多い/少ない」で済ませず、回転の量そのものを数値で語ろうとします。日本の「めっちゃ切れてる」とは、分析の精度がまるで違うのです。



「いい球」で済ませてた自分が恥ずかしくなってきました…。



恥ずかしがらなくていいよ。でも“何がいいのか”を言葉にできると、再現できる。それが上達なんだ。
だましの言葉、強さを支える土壌の言葉
最後に、駆け引きと、強さの背景を表す言葉をまとめて紹介します。まずは「だまし」の体系から。
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| 转不转 | 同じフォームで強回転と無回転を出し分ける |
| 晃撇 | フェイントで揺さぶってから流す |
| 调动 | 相手を左右に走らせて崩す |
| 追身 | わざと体を狙って詰まらせる |
| 暴露 | 相手の弱点がバレて突かれる |
「穴を暴く・暴かれる(暴露)」という攻防まで一語で持っているあたりに、常に相手の弱点を探し合う中国卓球の文化が出ています。
そして、強さを支える“土壌”の言葉。
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| 国球 | 卓球を国技と呼ぶ(グオチウ) |
| 队内竞争 | 世界選手権より過酷と言われる代表内競争 |
| 直通赛 | その代表選考会 |
| 养狼计划 | 一強の弊害を避け、他国の選手を育てた政策 |
| 专业 | 体校仕込みのプロを別格扱いする言葉 |
強さを生む環境そのものまで、言葉になっているのです。



「狼を養う計画」って、ネーミングが強すぎませんか…。



敵すら自分で育てる余裕、ってことだね。それだけ層が厚いんだ。
まとめ:言葉が細かい国は、なぜ強いのか
ここまで、訳せない概念語(借力・吃球・球商・狠…)と、日本語が一語で済ます領域の細分類(打点・フットワーク・レシーブ・力加減・球質)を見てきました。最後に、最初の問いに答えます。
答えはシンプルです。名前があるから認識でき、認識できるから練習メニューが生まれ、反復できる。だから強い。快带に名前があるから快带を練習でき、打点が5つに割れているから打点ごとに練習できる。球商という言葉があるから、賢さを才能で片付けず、伸ばす対象にできるのです。
そして、ある概念を単語として持っていること自体が、中国卓球がそれを「勝敗を分けるもの」として重視している証拠でもあります。言葉は、その国が何を大事にしているかを映す鏡なのです。
『翻訳できない世界のことば』を読んで感じた「言葉にならないものは、存在しないのと同じかもしれない」という直感は、卓球でも当てはまっていました。まず名前をつけること。それが上達の第一歩なのかもしれません。
あなたの「なんとなくやっている技術」にも、名前をつけてみませんか。
最後に、中国卓球の強さをもっと深く知りたい人へ。『中国卓球の真髄』は、その思想と技術体系に踏み込んだ一冊です。この記事で出てきた言葉の“中身”を、さらに掘り下げたい人におすすめします。









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